02


「よぉ、生きてたか後藤」

小田桐は俺と視線を合わせるなり不躾に言葉を投げてきた。

「あぁ…死に損ねた」

それに俺は表情を変えずに淡々と返してやる。
すると俺達の元まで歩いて来た小田桐は足を止め、わざとらしく肩を竦めると微かに口端を緩めた。

「そりゃ残念だったな」

言葉とは裏腹にふっと和らいだ眼差しに、ここにも俺が無視していた、今まで見ようとしなかった、俺へと向けられていた温かな思いがあったのだと俺は遅蒔きながら気付く。

そうと気付いたからか、口からは自然と言葉が落ちていた。

「悪かったな、小田桐」

「なんの謝罪だ。いらねぇよ」

ふんと鼻を鳴らした小田桐は瞬きの間に緩んだ表情を消すと、恐ろしいほど整ったその顔立ちに冷笑を浮かべて喉の奥から低い声を出した。

「それより後藤、黒幕を見つけたぜ」

告げられたその一言に俺達の間にあった空気が張り詰める。俺は続く小田桐の言葉を待ち、大和も冴えざえとしたその双眸を鋭く細めた。

「この俺を欺くなんざ舐めた真似しやがって…この件にはうちのしたっぱも絡んでやがった」

「マキや志郎さんの情報が漏れたのは…」

突き刺さる大和の鋭い眼差しを小田桐は真っ向から受け止め、苦々しく頷く。

「金に目が眩んだ下の連中が情報を流してやがった。俺直々に締め上げて吐かせた」

小田桐 千(おだぎり せん)、二十歳。専門学校に通う、鴉では情報部隊を取り仕切っている喧嘩の腕もあり頭も切れる男だった。

「他にも西のレイヴンと七星、裏で糸引いてやがったのは引田とか言う、例のふざけた話を持ち掛けてきた男だ」

「引田…?」

俺が聞き覚えのない名前を聞き返せば、大和が小田桐の言葉を補足するように言う。

「金で鴉を買収しようとした男だ」

「あぁ…」

そのことは大和から聞いていた。

『接触は一回切りだったが鴉の建て直し後、金を積んできた奴がいた』

外見は五十過ぎ、スーツ姿で銀行員みたいな男。それと一緒に小間使いみたいな若い男。こっちはTシャツにジーンズ、髪は茶髪で二十代ぐらい。

そこまで聞けばある程度の仮説は立てられた。

「引田はヤクザだ。相沢が一蹴した後も奴は裏で動いてやがった。一番ガードが手薄な西の奴等を引き摺り込んでクスリを売り捌くルートと人員を確保するつもりだ」

「拓磨が狙い撃ちされたのもそのせいか。奴は鴉ごと手に入れる算段をまだしてたのか」

「あぁ、狡猾な野郎だ。人様の過去をほじくり返して悪趣味な」

小田桐は吐き捨て、鋭い眼光をそのまま俺に向けてきた。

「後藤…、俺等に楯突いた以上相手が誰であろうと俺は潰すぜ。いいな」

加担した奴が身内だとしても容赦はしねぇ。

まるで冷ややで冷酷な空気を纏う大和とは正反対に、小田桐はギラギラと身の内に燻る熱を前面に押し出し、荒れた狂暴な空気を醸し出していた。

俺は二人の視線を受け静かに顎を引く。

「その前に俺から少し話させてくれ」

二人も静かに俺の言葉に頷き返した。

すぐ側に大和と小田桐が控え、俺はライトの当たる中心へと進み出る。
ざわりと大きくなった囁きに集まる視線は様々な感情を内包している。

だがそれは当たり前のことであって、一つ一つを律儀に受け止める意味はない。今重要なのは真実と揺れない眼差し、堂々とした態度。

注目の集まるなか、俺は静かにゆっくりと口を開く。

「まず先に、先日の掃討作戦は見事だった。後で大和の方から報酬を言い渡す」

作戦に参加したチームがにわかにざわめき立つ。

その様子を視界に移しながら俺は一番の本題へと話を移す。

「今、チーム内で飛び交っている…俺が先代の鴉総長後藤 志郎を殺したという噂だが」

シン…と、ざわついていた場が静まり返り、自分の声だけが耳へと届く。

「…否定はしない。志郎は俺が殺したようなものだ」

堅い声で吐き出された台詞に大和は僅かに眉を寄せ、それでも何も言わずにその場を静観し続ける。

「俺の弱さが志郎を殺した」

はっきりと告げられた真実に、一時は静まり返っていた場がざわざわと波打ったように騒がしさを取り戻していく。

「じゃぁ、マジで総長が先代を…?」

「うわ、そりゃやべぇんじゃねぇの」

様々な反応をみせる面々に、もとから誤魔化す気もなかった俺は予想していた反応に小さく息を吐いた。
その上で言葉を重ねようとして、後ろから強く左肩を引かれる。

「もうちっと言い方ってもんがあんだろ。馬鹿かてめぇは」

「…っ、小田桐」

「ったく志郎さん絡みになると直情的になりやがって。お前は引っ込んでろ」

相沢と、大和の方に押しやられて代わりに小田桐が皆の前に立つ。

「拓磨。今回は俺も小田桐に賛成だ」

「………」

二人に揃って言われ、何だが釈然としない気持ちを抱けば、俺の代わりに立った小田桐が俺より率直に言葉を発していた。

「俺は人殺しにはついてかねぇ」

「………」

「その上で言う。…後藤を信じられねぇ奴は鴉を抜けろ。足手纏いはうちにはいらねぇ。それでもし、鴉に名を連ねながら俺等を裏切った場合、塵一つ残さず掃討してやるからそう覚悟して望め」

率直過ぎる言葉と同時にかけられた脅し。俺は小田桐から大和へと無言で目を向けた。
すると大和を頭を横に振り、小田桐の側まで行くとその肩を掴み冷ややかに言う。

「脅しをかけるのは後だ。まずはこの中に紛れ込んだ裏切り者を吊るせ」

「そうだったな」

「……おい」

聞こえてきた囁きに声を掛ける。

「今の小田桐と俺のとどう違う」

「ぁあ?天と地ほどちげぇだろ」

「あまり変わりはないがもう済んだことだ」

言い合いに発展する前に割って入った言葉がさらりと話を流していく。

「小田桐、引田と一緒にいた若い男の方は当然捕まえてあるな?」

「…おぅ」

「拓磨、φの杉浦を皆の前に立たせてくれ」

「分かった」

大和の真剣な眼差しを見返し、集まっている連中の中からファイの杉浦を名指しで皆の前へと呼び出した。







呼び出された杉浦は俺と大和をちらりと見ると、怯えたように一瞬身体を震わせた。
けれども大勢の前に立たされたからか、ファイの頭として無様な姿は見せられないと躊躇いを捨てて、しっかりと前を見据えて皆の前に立つ。

俺は後を大和に譲り、その場を任せて側で成り行きを見守ることにした。

「皆も知っていると思うが、炎竜襲撃から端を発した今回の一連の騒動」

口々に騒いでいた連中の中に、大和の静かで冷たい明瞭な声が通る。

「敵の真の目的は西のエリアと鴉の掌握だ」

ポツポツと聞こえていた声が小さくなり、誰もが口を閉ざし始めた。
大和は自分ではダメだと言うが、今の姿を見ればトップに立つには大和は相応しいと思う。

「今この現状は奴等の思い通りだと言って良い。噂に惑わされ、現総長である拓磨を疑い…鴉は統制を失いつつある。鴉を手に入れたい敵からみれば絶好の好機だ」

それから僅かに間を開け、言葉が浸透するのを待って大和は冷ややかに唇を歪めた。

「お前達は今まで一体何を見てきた。その目で、誰を見て、誰に付いて行こうと決めたんだ」

「大和…」

冷ややかな声音に僅かな熱が混じる。
そしてその声は目の前に立ったファイの総長へと鋭く突き刺さった。

「ファイの杉浦」

「…っす」

「よく考えて答えろ。…お前は拓磨から西の一画を担っていた炎竜を潰せと命じられたと言ったな。それも闇討ちするようなやり方で」

既にそれは偽物だったと俺と大和は判断を下している。それをわざわざ周囲へと聞かせるように言って大和は杉浦に問う。

「それが、お前が今まで見てきた拓磨か」

ひたりと合わさった視線に杉浦は瞳を揺らし、身体の横にだらりと下げていた拳をグッと握ると声を上げて言った。

「っ、いいえ!後藤さんはそんな人じゃねぇ!そんな卑怯な真似…、これは俺が、炎竜の闇討ちは俺が独断で行ったことだ」

二人のやりとりに再びこの場はざわつき出す。

「どういうことだよ」

「炎竜は…」

「アイツのチームが勝手に…?」

非難の眼差しが杉浦に集中し始める。
事実、炎竜を闇討ちし、病院送りにしている現実に杉浦は反論も出来ずに悔しげにその視線を受け止める。

「だが、実際に命令は下され実行に移された」

その視線を引き取るように小田桐が口を挟み、二人の部下とおもしき男達から縛り上げられて身動き出来ないようにされた茶髪の男を引き取ると乱暴に衆目の中へ突き飛ばし、凶暴な笑みを浮かべた。

「それがコイツだ。夜の暗がりの中、後藤に成り済まして杉浦を唆した。そして…」

ちらりと投げられた小田桐の視線に大和は頷き返し、小田桐は自身のポケットから白い粉の入った透明なビニール袋を取り出すと頭上に掲げてみせる。

「コイツをバラ蒔いた。もっと欲しければ炎竜闇討ちと引き換えだ、とでも言ってなぁ」

じろりと小田桐の目は各々の反応を確認するように周囲へと配られ、そこへ大和が淡々と事実を言い添えた。

「心当たりのある者達は既にこの場にはいない。…泳がせていた人間以外は」

その言葉に反応を見せた連中に目を止め小田桐は名指しする。

「そうだな…前へ出ろ。レイヴン、七星」

大和は杉浦を目の届く範囲に下がらせ、俺は小田桐に呼び出された二チームの総長と副の姿を目に入れた。



[ 71 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -